美的センスと羊文学と気づきと。

昔から色々なものに対する美的センスがないと感じることが多い。

 

芸術のような高尚なものから、普段の服装のような身近なものまで、自分のセンスに自信がない。

 

自分が良いと思ったものも、実際には大したことがなかったり、自分が特別好きにならなかったものが、世間一般や有識者の中では優れたものであったり。

自分の感じ方だから、別に他人の目や感じ方など気にする必要はない。

そうわかっていても、気になってしまうことが多々ある。

 

音楽もその一つ。

 

僕の中で好きな歌手は何組かいるし、好きな曲はたくさんある。

でも、自分に音楽的センスなんてものはないからこそ、自分の好きな音楽を強く語ることは得意じゃなかったりする。

いや、語ることはあっても、「自分の感じ方が相手と違っていたらどうしよう(それも否定的な考えを持っていたらどうしよう)」と感じて、自信を持って相手に勧められなかったりする。

別に、わかってもらおうとする必要もない。

だけど、わかって欲しいという、現代の若者が抱えがちな悩みに苛まれる。

 

と、少し前までの自分はそう考えていたものの、実は最近は考え方が変わってきた。

どちらかというと、自分の感じ方に自信を持つようになってきた。

 

特に、羊文学を好きになり始めた頃から、一気に変わった気もする。

理由は明確で、これまで感じてこなかった音楽の楽しみ方、好きになったきっかけを感じ取ったからだ。

 

羊文学の一番好きな部分はサウンド。

ギターの音、ベースの音、ドラムの音、そして、ボーカルの音。

現段階で、羊文学の好きなところはサウンドだ。

 

これまで、歌詞がいい、メロディがいい、歌が上手い、その程度しか感じ取れないと思っていたからこそ、新しい視点に気づけた気がした。

自信を持って、好きと言えるし、おすすめできる。

理由はわからない。

 

それ以外が何か変わったわけじゃない。

だけど、この自分で気づくということは、もっと重ねていきたいと思った今日この頃。